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【塾員クロスロード】
篠原勲:コロナ時代に生まれる 新しい「関係のかたち」?

2022/08/12

  • 篠原 勲(しのはら いさお)

    建築設計事務所miCo.共同代表・2003政メ修

コロナは今後も人と人との距離に影響を与えそうだが、建築はどう変わるだろう。私は設計実務の他に、いくつかの大学で設計の授業を担当しており、今年は住宅の設計課題で、家族みんなが壁を向くタイプの食卓を設計した学生がいた。対面にしない理由を尋ねると、家族揃って食事する機会が少なく、マスクを取って向き合うのも恥ずかしいと言う。違和感を覚えたが、現代では鍋や大皿を中央に食卓を囲むことが少ないし、2人家庭も多い。

ところで大阪出張の際に広島まで足を延ばし、厳島を訪ねた時のこと。寝殿造と呼ばれる分棟型の厳島神社は、廻廊の屋根と屋根、床と床がお互い離れていながら、くっつきそうなほど近い。水面を挟んですぐそこにいる友人同士が大きなジェスチャーを交えて話していた。

豊国神社の大屋根を支える、人が隠れる太さの丸柱には、恋人同士が手をつないで別々の方向を向きながらもたれていた。どちらも人と人とが絶妙な距離を保てる「関係のかたち」があるように感じられた。

先述の授業に話を戻せば、私も人と正面から向き合うと緊張する。横並びで雰囲気を感じるくらいがちょうどいい。もしかしたら家族も正対しない状態を快適に感じる時代が来るかもしれない。

実際に、私たちの設計実務にもコロナの影響が表れてきている。オフィス空間では、すべてのデスクに離隔を取った。独立した机の周りを植栽や小さな家具等が囲み、隣にいる人が見え隠れする。木造家屋の改修では、部屋ごとの基礎を切り離した。ワンルーム型の家ながら、視界を遮る壁の向こう側の家族との間に光や風が通る。単身者用のアパートでは、壁際の極小キッチンと極小リビングをやめ、友人と過ごすためのアイランドキッチンとした。広さ感よりも人との関係を重視した設計である。

どのプロジェクトでも人と人とが快適にいられる関係のかたちを与えたつもりだ。そういえば、都知事が解消しようとした満員電車は、眼前の人に無関心になる術を育てるかたちかもしれない。車両は「人」を「数」に置き換えた容量重視のワンルーム空間のように思えてきた。ならば、車両内部に木の柱をたくさん建て、ほんの数センチでも人と人との距離を保つ、という提案はどうだろうか?

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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