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サリー楓:息子のままで、女子になる

2021/12/18

  • サリー 楓(サリー かえで)

    建築デザイナー、モデル・2019政メ修

「息子のままで、女子になる」は今年劇場公開された私のドキュメンタリー映画のタイトルである。慶應義塾大学に在学中、プロデューサーのSteven 氏から「君のドキュメンタリーを撮らないか?」と言われた。LGBT映画って苦手なんだよな……と、心の中でつぶやいた。私にとって、LGBT当事者であるということは、数あるアイデンティティのひとつにすぎないからだ。辛いことを乗り越えてきたLGBT、理解してあげなければいけないLGBT……LGBTを取り巻くステレオタイプな主張は「苦手」を通り超えて虚しいとすら感じる。私の「LGBTらしさ」だけが切り取られることも、やはり虚しい。それでも私は、「もちろん!」と返事した。「君のドキュメンタリー」という言葉が魅力的に聞こえたし、2度とないオファーを断る勇気はなかった。とにかく私は、矛盾を抱えたまま映画の撮影を承諾した。

撮影が始まってからの約1年半、私はカメラの前で日常を過ごし続けた。女子大生の平凡な日常風景が映るホームビデオのような映画になると思っていた。しかし、予想を裏切る映画が完成した。平凡に見える「日常風景」を手に入れるために、トランスジェンダーである私が何と闘い、何を諦めてきたのか、私の知らない私が画面の向こう側にいる。両親は今でも私を男性名で呼び続ける。トランスジェンダーの世界大会は、集客のために「ニューハーフの世界大会」と自らを言い換えた。長年の夢が叶ったとき、ネットには「オカマ建築家、誕生」と書き込まれた。忘れ去ったはずの醜い思い出が、染みついた汚れのように拭えない。LGBTに対する社会の理解はステレオタイプなところで止まっているが、それでも私は「日常風景」を守ってきたのである。社会が私を変えられないのであれば、この映画を通して、私が社会を変えるしかない。

〈トランスジェンダー、男、女〉〈トランスジェンダー、ニューハーフ、オカマ〉〈トランスジェンダー、LGBT、ダイバーシティー〉。社会は私たちをステレオタイプに捉え、既知のカテゴリーに分類する。カテゴリーによって得られる理解もあれば、カテゴリーによって受ける苦痛もある。だから私はLGBT映画が苦手だ。ところで、私の映画は「LGBT映画」だっただろうか。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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