三田評論ONLINE

【塾員クロスロード】
岩下和了:いつも新しい物語を。

2021/08/12

  • 岩下 和了(いわした かずのり)

    岩下食品株式会社代表取締役社長・1989経

「岩下の新生姜」は、1987年に誕生した生姜の酢漬けです。全く新しい生姜漬という意味で名付けられ、独特の美味しさが評判を呼び、テレビCM等で高い知名度の商品となりました。しかし、2000年頃をピークに、若年層の漬物離れが進み、年々売上を落としていました。

これがV字回復していくきっかけとなったのは、ツイッターのエゴ・サーチ。お客様との対話でした。10年前に何気なく検索して発見したお客様方の声。岩下の新生姜について好意的な言葉を、毎日誰かが発信していました。SNSを使うような若い世代にも熱心なユーザーがいることに驚きました。感謝の思いで一杯になり、お礼の返信を送ることが習慣化します。何気なくつぶやいたら、製造元の社長からお礼の言葉が飛んでくるのですから驚かれましたが、概ね喜んで頂けました。当初は、リサーチや、顧客の囲い込みのような、マーケティング的な発想ではありませんでした。自ら進んで無償で心からの宣伝をして下さっているお客様に、せめて感謝の気持ちだけは伝えたかったのです。

ただ「いいね」や「ありがとう」だけでは申し訳ない。美味しく食べる為のレシピや情報を提供したり、なるべくご要望にもお応えしていきたいと考え、様々なことにチャレンジしました。恩返しの気持ちが先で、採算は後回しにしたことが多かった分、極めて多岐に渡る活動につながりました。レシピ本出版、各種イベント、多様な業種とのコラボ、CMソングを使った音楽コンテスト、キャラクターづくり等々。岩下の新生姜をメニューの素材に採用頂いた飲食店は数百に及びます。

そして、岩下の新生姜ミュージアム。こんなニッチな商品の情報を集めた施設に、わざわざ栃木市を訪ねる人は少ないという予想も聞こえましたが、SNSで発信して下さった方々に喜んで頂ければそれだけで成功と思い、開館しました。蓋を開ければ、6年間で65万人が訪れる人気スポットに。新たな物語が日々生まれる拠点となっています。

人は、舌だけでなく、脳で総合的に美味しさを判断しています。ロングセラーは味を簡単に変えられませんが、その分、次々に新しい物語を提供していきたいと常に考えています。お客様が、その新たな楽しさを、いつもフレッシュな美味しさと感じて頂けるように。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事