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【塾員クロスロード】
篠田真貴子:「聴く」は経営に効く

2021/07/13

  • 篠田 真貴子(しのだ まきこ)

    人材育成コンサル・エール㈱取締役・1991経

前職を退任後、1年間「ジョブレス」と称してブラブラしていた。知り合いに会うと「次、どうするの?」と尋ねてくれるから一生懸命答えた。そうした対話を何人もと重ねるうち、少しずつ自分の考えが整理されていくのを感じた。

そこで起きていたのは、利害関係がない人が私の話にじっくり耳を傾けてくれていたこと、それだけだ。考えてみれば、私たちは話す時、聴く相手の態度を感じ取り、無意識のうちに話す内容を調整している。裏を返せば、相手がそのように耳を傾けてくれたから、私はダメなところも含めて素直に自分の話ができたのだ。

この経験を通じて、「聴き方」次第で、コミュニケーションの質は劇的に変化することを知った。コミュニケーションを良くしようと思うと、私たちは「話し方」にばかり注意を向けてしまう。でももう一方の「聴く」には意識が向かない。「聴くこと」にはこんなに力があるのに。

「聴く」の潜在力を知ってワクワクしていたちょうどその頃に、現在の勤務先であるエール株式会社に出会った。企業と契約し、その社員に対し、社外の人材がオンラインで1on1(一対一の面談)を週1回30分ずつ行うサービスを提供している。

例えば、事業経営者が戦略を実施しようとしても思うように進まないことがある。経営者は推進力を高めようと檄を飛ばし人材を配置する。それでも成果が出ないのは、現場で当事者意識が弱い、過去との整合性を気にするなど、いわば「ブレーキ」がかかったままだからだ。

組織全体がエールの1on1を受けると、それを必ず聴いてくれる「外の人」がいるから、本音も未来のことも話せるようになる。これが1人ひとりのブレーキを緩める効果をもたらす。個人の奥底に潜んでいた当事者意識やモチベーションの源が言葉になり、対話を通じて経営の方向性が自分事になるからだ。個人が変わり、組織が内側から変わる。「聴く」ことが事業推進の支援となることに感激し、参画させてもらうこととなった。

「聴き合う組織」が増え、社会に「聴くこと」が広まり、誰もがその人らしくなっていくことをエールは目指している。エールが目指す社会は私が暮らしたい社会であり、残すに値する未来だ。そんな未来に向けて、私は、卒業30年目にして初めてアーリー・ステージのベンチャー(=冒険)に乗り出したところだ。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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