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萩谷 至史:混沌の時代に何を信じるか

2021/05/20

  • 萩谷 至史(はぎや よしふみ)

    劇作家・演出家、パフォーマンスのための個人ユニット「mooncuproof」主宰・2012薬、14薬修

フリーの劇作家・演出家として活動しながら「mooncuproof」を主宰している。自分ではどうにもできない事に溢れた世界で苦闘しながら生きる人間の姿を通じ、様々な事を観客に問いかける演劇を上演する団体だ。これまで、差別と分断・誕生と死・民主主義と権力など現代社会に呼応したテーマの脚本を書き、その演出をしてきた。

演劇は面倒だ。観るには会場に直接行かねばならないし、上演中は会場に閉じ込められて携帯も会話も禁じられる事が多い。しかし、どのような場所・状況でも絶え間なく情報が流れてくる現代だからこそ、舞台上の事象をじっくり見ながら自分自身と向き合い何かを考える事ができる演劇は価値があると考えている。

演劇との出会いは大学時代。オリジナルミュージカルを制作・上演するサークルで活動したり、小劇場を中心に演劇を観たりしているうちに、言葉が肉体や空間を獲得して目の前に現象として現れる芸術に魅了された。卒業後は演劇学校で創作理論や実践方法を学び、2016年にmooncuproof を立ち上げた。

3年後、mooncuproofは6作目となる演劇『2019、Tokyo、それから、あるいは→』を上演した。「先の見えない不安に満ちた現代社会で、あなたは何を信じて生きているか」を観客に問いかける作品だ。「2020年という年は数字のキリも良いし五輪もある。私達にとって特別な年になるだろう。ならば、その前年の2019年は一体どのような年なのだろうか」。この発想が起点となり、当時社会に存在した様々な不安を描きつつ、その中を生き抜くために大切なものとして「何かを信じる」という事に光を当てた戯曲を書いた。杉並演劇祭で上演された本作品は、現代社会の描き方とユニークな身体表現が評価され、優秀賞を受賞した。

2020年。それは想定とは全く違った形で特別な年となった。世界中を不安の渦に巻き込んだCOVID-19は、演劇にも大きな影響をもたらした。私が関わる現場でも上演の中止や延期が相次いでいる。私達にできる事はただ終息を願うのみ。まさに自身が作品にした「先の見えない不安に満ちた現代社会」の真っ只中である。そんな中で私は何を信じて生きているのだろうか。かつて観客に投げかけた問いが今、自分に返ってきた。「演劇を信じている」。そう胸を張っていたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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