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【塾員クロスロード】
錦織 圭之介:子どもたちの未来のために

2021/04/13

  • 錦織 圭之介(にしきおり けいのすけ)

    株式会社東洋館出版社代表取締役・2004商

かつて東洋館印刷所という印刷所が新潟の新津にあり、私の祖父はそこの長男であった。戦争の真最中、経済学部の塾生であったところ、学徒出陣、シベリア抑留後帰還、東京で立ち上げたのが東洋館出版社である。

弊社は1948年創業、当時から文部科学省との仕事を軸として、教育書を出版し今年で73年目を迎える。子どもたちの前に立つ先生方により良い授業作り、学級作りをして頂くための手助けをするのが教育書だ。近年は教育書の他、スポーツ書籍を中心に別ラインを立ち上げ一般書も展開するようになっている。

社長を務めて8年になる。始まりは父の病気だった。当時私は三菱商事に勤務し、仕事がどんどん楽しくなる、そんな時期だった。退職すると決めるまでに4年も要したため、父と共に仕事をしたのは1年だけだった。社長になってからの数年間は全く記憶がない。右も左も分からず、必死にもがく31歳だった。

塾生の時は、勉学はそこそこに6年間野球に没頭した。塾高の時は投手として37年ぶりに関東大会に出場した。マウンド上は孤独だ。投じる一球毎に分析、修正して次を投じる。自分で考えて解決する以外方法がない。気持ちで負けることは許されない。全ての責任を引き受ける。結果が悪ければ真摯に受け止め、良ければ周囲のお蔭。チームとしても、それぞれの課題はあれど向いている方向は皆同じ。自ずと結果は出る。これらの貴重な経験は、私が会社経営をする上での拠り所にもなっている。

高校野球を取り巻く環境は大きく変わってきているが、本質的な変化はない。私自身も連投を余儀なくされて野球を断念せざるを得なくなった。出版は世の中に変化を齎(もたらす)手段の1つだから、昨年10月に塾高野球部監督であり幼稚舎教諭の森林貴彦先生に執筆して頂き、1冊の書籍を上梓した。森林先生の教えは、正に私が義塾でスポーツを通して学び、そして社会に飛び出していく子どもたちに知っていて欲しい価値そのものである。この書籍を多くの指導者の方に手に取って頂き、少しでも多くの子どもたちの未来がより良きものになるように願っている。

出版は、想いを文字にし形にすることに他ならない。私はどこまで出版を突き詰められるのだろうか。それを考えるだけであのマウンド上でのワクワクを思い出すのである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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