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【塾員クロスロード】
桂 佑輔:春色新派ぐらし

2021/01/23

  • 桂 佑輔(けい ゆうすけ)

    新派俳優・2010

私が所属する新派(しんぱ)というのは、「新派劇」という明治・大正期に端を発する芝居のジャンルの名称でもあり、かつ新派劇を上演する団体が日本に1つしかないことから同時に劇団の名前でもある。当時の歌舞伎を「旧派」と呼んだことに対しての「新派」なのだが、歴史の中で歌舞伎界との行き来も非常に多く、出発地点としては反発していたものの、存分にその様式を学び現在は非常に近い関係を築いている。

私が新派劇に魅せられたのは、小劇場での活動をしていた頃、坂東玉三郎さんの「ふるあめりかに袖はぬらさじ」「日本橋」へ出演が叶ったことからだった。当時大変に新鮮に思えたのは、まず、人間の営みや人生をとりわけ美しく生き生きと描きだしていたことだった。「エンターテイメント」というよりも、もしかすると、学問をすることと本質的にそう違わないのではないか。とすら思えた。自然科学・人文科学・社会科学がそれぞれの対象に「宇宙」をみてその真実を解明していくのと同様に、新派劇もまた、人々の暮らしや人間の心に焦点をあて、言葉や技術をつくし、人の営みの真実に迫っていく。作品には一応ラベルがつく、曰く「悲恋もの」等など……。しかし、あくまでも本質は人の営みそのもので、如何様にラベルをつけたところである側面にしかすぎず、だからこそ、新派劇は何度同じ演目を観てもその都度新鮮に観ることが出来る。

そして何より特徴的なのは、当時の庶民の生活や暮らしを実に生き生きと写実的に描いていながら、同時に、一見正反対にも思えるような様式美との行き来が自在であることだ。「充分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない」といわれるが、同様に、まさに写実と様式美が彼方で交わっているのである。

ローカルの価値が増大する世の中で、この日本で生まれ育まれた独自の演劇を広い地域の多くの人に観て欲しいと強く思っている。そのために昨年よりPRAY▷という団体を立ち上げ、東西の古典を新派劇や日本の演劇様式を用いて新鮮に上演する試みをはじめた。近い将来の海外公演も視野に入れ精力的に活動している。

教えを賜った中に「中身があれば様式は付け替え自在」という言葉があるが、本質を見失わないように、そして柔軟に、素晴らしい舞台を作るために精進を重ねてゆきたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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