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【塾員クロスロード】
大塚 太郎:よい最期

2020/12/15

  • 大塚 太郎(おおつか たろう)

    医療法人社団慶成会青梅慶友病院・よみうりランド慶友病院理事長・1996総

ここ数年、母校SFCの授業で私が経営する高齢者医療介護施設、青梅慶友病院をテーマに話す機会をいただいている。「問題発見と問題解決」という物事に向き合う姿勢を学び、人生の分岐点となった母校にお返しができる機会は嬉しく、かつて「未来からの留学生」として迎えてもらった教室に足を踏み入れるたび、28年前のワクワク感が蘇る。

総合政策学部を卒業後は順天堂大学医学部に進学した。就職活動を控えた時期に「医者になろう」と思いたった動機は字数の都合で割愛する。

医学部を卒業後、医師として働く中、大学の関連病院では高齢者の死と向き合った。なんとか生を繋ぎとめようと必死に治療をするのだが、じりじりと状態が悪化し、結局は亡くなってしまう。その体は点滴の管に繋がれ、時に抑制帯で縛られ、むくんでいる。まるで死との闘いに敗れたかのような姿を見るたびに、いつも無力感と罪悪感に苛まれた。そんな中、アルバイト先の青梅慶友病院で、ある女性患者の死に立ち会った。徐々に衰える中で無理な治療を強いられることもなく、最後の日まで自然で穏やかな毎日を送った女性の亡骸(なきがら)は美しいものであった。さらに、ご家族からの一言に、はっとした。

「よい最期でした」

大学病院では「手を尽くしていただきありがとうございました」と言われたことはあるものの「よい最期でした」と感謝されたことはなかった。これが原体験となり、今は「豊かな最晩年の実現」を理念とする青梅慶友病院の経営者を務めている。

当院がこだわるのは、医療を含めて、その関わりや仕組みが患者とご家族のよき時間やよき思い出=「豊かな最晩年」に繋がるかどうかだ。病院とは名がつくものの、最優先事項は食事や季節の行事といった生活の楽しみである。一方、医療は苦痛を緩和し、心豊かな時間を実現するための、あくまでも手段の1つと位置付けている。

我が国は世界一の長寿を実現している。その一方で「長生き」という言葉が明るいイメージで語られなくなっているのは今の医療や介護の在り方が人々の期待に応えられていないことも一因であろう。高齢社会のフロントランナーであるこの国で、常に今の常識を疑い、問題発見と問題解決を繰り返す。元「未来からの留学生」として、よりよい未来を自ら創造する一員でありたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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