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【塾員クロスロード】
山内 敦:チェコのペトロフピアノ

2020/06/12

  • 山内 敦(やまうち あつし)

    株式会社ピアノプレップ代表取締役、ピアノ調律師・2000経

「チェコ人といえば音楽家」と語られるほど中欧チェコ共和国は「音楽の国」として有名。そのチェコで親しまれる1864年創業の老舗ピアノメーカーPETROFの正規輸入元を経営しています。自身が調律師でもあり、輸入したピアノを丁寧にプレップアップ(出荷調整)してからお届けするのが信条です。

私がペトロフに惚れた理由は「音の温もり」。いまだ職人の手作業に委ねる製造工程が多く、昔ながらの優しい木の音色を味わえる楽器です。木目の外装や洗練されたデザインをカジュアルに楽しめるのも魅力。今では習い始めの幼児から演奏家や先生など大人の方までファンが増え始めています。

ここまでに至る経緯は順風満帆だった訳ではありません。氷河期に臨んだ就職活動は希望していた企業が新卒採用を見送るなど挫折、密かに憧れていた調律師を志して卒業後は農家に住み込みでアルバイトを。畑でトラクターを操り農作物の収穫を手伝い自ら学費を工面しました。

調律技術の習得も苦労の連続でした。聴覚と手先の訓練が毎日欠かせず、工房で1年間の修行の末ようやく形に。その他にもピアノの鍵盤、アクションの調整や修理など精密な手仕事が身体に染み付くまで繰り返す日々、年代物の楽器の修復には大工のようにノミやカンナを扱うことも。一人前の技術者となるべく多岐にわたる実務を積み重ねました。

研修生として入社したピアノ修理工房、次に勤務した高級輸入ピアノディーラーにおいて範となる調律師と出会い、10年の間に古今東西の楽器に触れられたのは幸運でした。そのような折にペトロフ社が輸入元を探している話を聞き、交渉のため2012年にチェコ共和国を初めて訪問。中世ヨーロッパの薫りが漂うチェコの文化とペトロフ社の温かい歓迎にも心惹かれ、翌年ついに世界でも唯一の専門店を港区白金台で開業しました。

現在はペトロフの販売とメンテナンスの他、演奏会やレコーディングでの使用など日本国内におけるブランディングを展開する一方、私自身もチェコ語に挑戦中。駐日チェコ共和国大使館と連携しながら中欧文化の啓蒙に努めています。

福澤先生の「独立自尊」の言葉を胸に、いつか塾員塾生の皆様にもチェコの音色をお届けできますよう、今後さらに精進していく所存です。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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