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【塾員クロスロード】
小川 悦司:ある料理漫画の逆転劇

2020/05/20

  • 小川 悦司(おがわ えつし)

    漫画家・1993経

洋画家だった祖父のアトリエに幼い頃から出入りして絵を習っているうちに、堪え性のない私は1枚絵を極める静寂さよりも連作画の躍動する物語性を求め始めた。

つまり漫画家を志すようになった。

留年ゼミなしも厭わず、大学在学中のデビューを目指して試行錯誤したものの、芽が出ず一旦就職。しかし夢を諦めきれずに退社、読み切り作品を描いて週刊少年マガジンに持ち込んだところ運良く担当編集がついた。

編集に中国を舞台にした漫画を描いてみたいと希望を出したところ「じゃあ『中華料理』をテーマに描いて連載を目指してみないか」と提案されたのが、料理漫画『中華一番!』シリーズの始まりだった。ここまではトントン拍子だった。詳しくもない料理の本を読み漁って研究、準備した。

しかしアシスタント経験もないまま過酷な週刊連載の戦場に放り込まれた私はたちまち苦境に陥った。

人気がふるわない。毎週やってくる締め切りの恐怖、アンケート結果が下位を彷徨えばたちまち打ち切られる現実。脱落すれば次にチャンスが巡ってくるのは何年後かわからない。

今でこそ一大ジャンルの「料理漫画」だが、20数年前はマイナーなジャンルだった。しかも主人公マオは幼すぎる外国人で時代劇。当時の少年漫画の条件としては不利な要素満載で戦略がわからない。

同誌のライバル『将太の寿司』に勝てず、他ジャンルの漫画のように、敵をストレートにやっつける爽快感も出しづらい。一番大事な料理の「味」すら、どんなに絵と言葉を尽くしても読者に正確には伝わらない絶望。

半年で連載終了を告げられた。

しかし、そこで開き直ったところから逆転が始まった。

「味」が正確に伝わらないなら、せめて「味」の「程度」だけでも誇張して伝えようと吹っ切れた。「どれくらい美味いのか」イマジネーションをフルに働かせて食べた者のリアクション、脳内風景を絵で描写した。

料理スタイルも武術家さながらのアクションで演出した。

そんな荒唐無稽さが運良くウケてからは、全てのマイナー要素はむしろレアなプラス要素へ転じた。月刊誌への移動〜週刊復帰〜テレビアニメ化と、広くアジアで読み観ていただける息の長い作品となり、今になって続編『中華一番!極』をも連載させていただいている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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