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【塾員クロスロード】
林 正樹:果てしない音の旅

2020/02/18

  • 林 正樹(はやし まさき)

    ピアニスト、作曲家・2001法

27年ほど前のある日の普通部の音楽室、「林くん、休み時間に弾いていた曲弾いてよ」音楽のK先生からの言葉に、顔を赤らめながらもピアノを弾き友達から拍手喝采をもらったこと。人一倍緊張しいの僕がピアニストになった原体験はこの瞬間にある。好きなことが仕事になったらなんて幸せなのだろう、との思いからジャズピアニストへの道を志し始めたのが塾高時代、そして法学部在学中から幸運にもプロの人たちと共に演奏活動を始め、すでに20年以上の歳月が経過した。

今までにたくさんのアーティストとのライブ、コンサート、レコーディングなどで多種多様なジャンルの音楽と触れ合ってきた。どんな演奏をすれば共演者が喜んでくれるのか、どうすれば○○と同じような演奏ができるようになるのか、どういう曲を演奏すればお客さんが喜んでくれるのか、そんな思いを抱えつつ無我夢中に歩んできた。

そうした中、10年ほど前から大音量の音に対して自分の耳が過敏になるのを感じるようになる。耳の異変に悩む一方で、このことが一つの大きなきっかけとなって、楽器の音色(ねいろ)と初めて繊細に向き合う様に変わっていった。美しい、心地よいと自分が感じるピアノの音色を追い求める、或いは静寂の中から必要最低限の音だけが奏でられて音楽が作られていく感覚を持つことで、徐々に自分の音楽性が形作られてきたように思う。

どんなアーティストと共演する時にも、他からの要求に応えようとするより前に、まずは自らが満たされるのかを自身に問いかけてみるようになった。不惑の年を超え、人と一緒じゃなくていい、むしろ違っていい、そう思える自信がようやく湧いてきたのかもしれない。

今までに世界約20カ国で演奏をしてきて、時に音楽は国境を軽々と超えることのできる驚くほどのパワーを持つことがあると実感している。これからさらに音楽を通じて世界中のたくさんの人の心と繋がっていきたい。そのためにはピアノを演奏する時はいつでも、その一音一音に自分の信念を乗せられるようなピアニストにならなければいけない。まだまだ納得のいくレベルには程遠いが、20年毎日触れていてもまったく飽きることのないこの音楽の世界に、どっぷりと身を置いて勝負できることの喜びを胸に、今日もピアノに向かう。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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