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【塾員クロスロード】
大橋磨州:アメ横史上、最高の1000円

2020/01/10

  • 大橋 磨州(おおはし ましゅう)

    呑める魚屋「魚草(うおくさ)」店主・2004文

塾の文学部から他大の大学院にすすみ文化人類学を専攻していた私は、15年前の年末、アメ横の鮮魚店でアルバイトをしていました。

歳末販売でビールケースのお立ち台に乗って叫ぶ売り子のパフォーマンス、ものとカネが文字通り飛び交う異様な空間に衝撃を受け、修士論文の「フィールドワーク」のつもりが、1年後にはそのまま就職してプレイヤーになっていました。

往時は買い出し人で溢れた「市」であったアメ横も、今は異国情緒ただよう観光の「街」へ。6年の勤務の後に退職し、飲食業で働きながら独立を考えていた私は、観光客も取り込める「呑める魚屋」というコンセプトで2013年にアメ横に戻り「魚草」をオープンしました。

路上を行きかう多様な人たちが、一瞬だけ交わってはまた散っていく。そんな「集まりの場」になればと営業を続ける日々です。

「1000円、1000円、今だけ1000円! !」のアメ横だから、メニューは「アメ横史上、最高の1000円」をキャッチコピーに、「○○+酒=1000円」のセットを数種類。魚屋だから、提供する酒のアテはもちろん魚だけ。

でも実は、お客さんはみな、ギュウギュウの狭い店内での偶然の出会いや、「路上の喧噪そのもの」をアテとしてお酒を呑み、場を主体的に楽しんでいます。

では、酒と一緒に出すのは食べ物でなくても良いのでは? と考え、今では「刺身の盛り合わせ+酒」「生ガキ+酒」などのメニューに加えて、「音楽+酒」の提供もはじめました。

SFC高等部時代に共に演劇に打ち込んだ仲間で、今はアーティストとして活躍されている先輩に依頼し、お酒を呑みながらより深く、この「集まりの場」を体験できる装置として、「聴く」アート作品を作っていただき、注文したお客さんは、酒と一緒に、「食べられない」その作品を味わう。注文の度にアーティストにはフィー(料金)が支払われるという仕組みです。

小さな個人店だからこそ出来る新しい、面白い挑戦を、とこれからも試行錯誤は続きます。ですが、何でもありのアメ横、魚の隣にランドセルを並べて売ったり、閉店セールを20年も続ける諸先輩方には、まだまだかないません。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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