三田評論ONLINE

【塾員クロスロード】
佐藤奈々子:美しい声の放つもの

2019/11/20

  • 佐藤 奈々子(さとう ななこ)

    歌手、フォトグラファー・1978文

塾生時代、学内の芸能音楽研究会というサークル主催の「女子大生のシンガーソングライターコンテスト」がきっかけで1977年にコロムビアレコードからデビューしました。

大学1年の時に知り合った佐野元春さんと作詞や作曲をして遊んでいたことが、音楽への道の始まりだったと思います。その時は歌手になりたいなんて夢にも思っていないことでしたが、運命はわからないものです。4枚のソロアルバムを作りました。楽しい夢のような日々でした。

そしてその頃、友人のカメラマンが「写真は押せば写る」と言ったのがきっかけとなり、亡くなった母の笑顔の遺影を見ているうちに、写真っていいなと思うようになり、写真に夢中になっていきました。

歌手の佐藤奈々子が写真を撮り始めたらしい、どれどれと、あっという間に撮影の仕事を依頼されるようになりました。時代はバブルの絶頂期、面白いものは何でも起用しようとする時代でもありました。

初めて撮影した広告が日産の海外向けのカレンダー。それがきっかけで、様々な広告の撮影をしました。しかし、当時の恋人とパリに住むことになり、ためらいもなくパリに飛んでいき、5年間パリに暮らしました。その間、結婚して、子供も生まれました。その後、日本に戻り、撮影の仕事を続ける一方、再び10年ぶりに音楽活動を再開。現在はライブ、ツアーなどを行い、新しいアルバムもリリースしています。

さて、この様な人生ですが、歌について大切なことを教えてくださった方たちがいます。そのひとりが、音楽を再開した時にレコーディングでご一緒したすばらしいエンジニアの方です。私が10年間、何も音楽活動をしてこなかったと話すと、この方がおっしゃいました。

「本当に伝えたいことを、美しい声で話すこと。これこそが歌うことの原点で、音楽です」と。

以来、この言葉がいつも私の中にあります。歌うときも、歌わないときも、絶えず自分は音楽なのだと教えてくれました。それは、あなたも音楽ですということでもあります。

地球温暖化の危機を訴えるGretaの声も大天使の歌声のように世界中に響いています。私もこれからもずっとずっとこのことを忘れずに、歌い続けたいと思います。

いつかどこかのライブでお目にかかれましたら幸いです。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

  • 1
カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事