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【塾員クロスロード】
興津祥子:自分と家族を知る意味

2019/08/29

  • 興津 祥子(おきつ しょうこ)

    コスモスバード・カウンセリング代表、公認心理師・1997総、1999政メ修

人はなぜ悩むのか──カウンセリングの入口となる主訴はさまざまですが、その背景には必ず原因があります。「原因ではなく解決」「過去よりも現在と未来」といったアプローチもありますが、少なくとも個人の内面に関しては、今の自分に至った原因や過去に納得することで、初めて未来に目を向けられるのではないでしょうか。

私はSFCで人事・組織論を学び、主婦の社会復帰を支援する有限会社を修士2年の秋に設立しました。再就職訓練の運営にも携わる中で、キャリアを考える以前にある個人の心の問題、特にその根底にある家族関係に関心をもつようになり、専門学校の学生に戻って国家資格を取得。精神科病院や福祉事務所での勤務を経て、2017年にカウンセリングルームを開業しました。

クライアントの生きづらさをひも解いていくと、多くのケースで児童虐待の問題に行きつきます。誰しも自分の育った家庭しか知らないので、本人に我慢してきた自覚はなく、ちゃんとできない自分が悪いと責めていることがほとんどです。

かつて再就職訓練の中に、真面目で能力も高いのに、なぜか自分がより良くなりたいという欲のない方たちがいました。こちらが「欲しい未来を手に入れよう!」と動機付けを試みるも空回り……。自分の幸せを求めて頑張ることや人に助けてもらうことを良しとする感覚を、心理の世界では「愛着」と呼びます。幼少期に虐待(気持ちをわかってもらえないなど、情緒面のみでのネグレクトも含む)を受けることで愛着障害をかかえること、そして子の気持ちを読み取れない親には発達障害等の問題があることを知り、全てがつながった時は衝撃的でした。

愛着の有無は、人の一生を大きく左右します。自分を大事に思える心の土台があれば、苦労したとしても豊かな人生を手に入れることができます。安心がなく常に緊張し、自己主張することなく周囲に合わせて生きてきた方の心は、愛着があることを前提とした普通の感覚だけで理解することは不可能で、私は今も見えない壁を前にして立ちすくみます。しかしクライアントが自分を語ることを通して、過去の真実にショックを受けつつも自分自身を受け入れ、日々の生活を楽しめるようになるプロセスを共有できるのは、カウンセラーとしての大きな喜びです。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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