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【塾員クロスロード】
能祖將夫:地域にきらめく劇場

2018/07/20

  • 能祖 將夫(のうそ まさお)

    北九州芸術劇場プロデューサー、桜美林大学教授、詩人・昭58文

四半世紀ほど前の話だが、日本全国で日々行われている演劇公演の何%が東京23区内でのものだったかご存じだろうか? 「レジャー白書'96」によると、なんと70%にも及んでいたという。これが東京一極集中による文化格差でなくて何であろう。では何故か? やりたい人も観たい人もみんな東京に集まっていて、仕事も市場も東京にしか存在しなかったからである。

さすがにこれではマズイと、2001年に制定された「文化芸術振興基本法(昨年「文化芸術基本法」に改正)」や12年の「劇場・音楽堂等の活性化に関する法律」では、日本のどこに住んでいても文化芸術に触れられる権利が謳われた。そんな流れの中、北九州芸術劇場は03年にオープンした、その名の通り北九州市が設置した公共ホールである。私は縁あって、この劇場でプロデューサーを務めさせていただいてきた。

私が主に手掛けてきたのは「地域に立脚した作品づくり」を目指して、地元の俳優を起用した舞台や、市民参加型の創造事業である。「地元」と言っても北九州市内という狭い範囲ではなく、福岡県、あるいは九州エリアだ。地元にも演劇を志す者や続けたい者は多い。大学進学等をきっかけに東京へ出て行く者も多いが、地元の大学に進んで演劇と出会う者も一定数存在する。卒業してからも、主にはアルバイト等、時間が自由になる仕事を選んで演劇活動を続けているが、これは東京でも同じだろう。違うのは、絶対数の違いによる競争(凌ぎ合い)の少なさである。だから駄目だ、という人もいるが、私はむしろいいのではないか と思っている。人との競争を好まない人もいて、地域に留まる人には、もしかしたらその傾向が強いのかもしれない。むろん、東京への反発心も含めて、「地域愛」も強い。

私が最近、改めて気づいたのは、一旦東京に出たもののUターンして来た人の中には、東京での生活に疲れたり、競争で傷ついたりした人も多いということだ。そういう人が、東京での演劇経験を活かしつつ、地域で再び舞台活動を始めるとしたら、とても素敵なことであるし、劇場はそのための場でもありたい。

東京はやたらとギラついているが、北九州はキラキラと煌めいている。それは地域を愛し、地域に立つ人間の煌めきであり、劇場はそんな人々が集う温もりの宝箱なのだ。

※所属・職名等は当時のものです。

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