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【塾員クロスロード】
甘露寺芳子:人生を豊かにした仕事

2018/06/26

  • 甘露寺 芳子(かんろじ よしこ)

    インテリア・デコレーター・昭39文

仕事はインテリア・デコレーター。店舗や百貨店のクリスマス装飾を手掛け、インテリア雑貨を扱うパフ㈱を経営してきた。35年前には、自らのライフスタイルショップ「パフコレクション」をオープンし、リネンやアクセサリー、カード、リボンなどが揃う「大人の女性のおもちゃ箱」のようなコンセプトで好評を頂いてきた。

実は、〝就職活動〟はしたことがない。なぜなら大学4年の時には、長女を出産し、その後、4人の子どもを出産。主人の仕事でアメリカ西海岸に渡り、またたく間に主婦業、子育て期に入ったからだった。

主人とは、入学式の日、日吉駅の階段ですれ違った。そして学食で再会。まさに運命的な出会いだった。

アメリカでの生活は、毎日がカルチャーショックの連続。子どもの頃から整理整頓が好きで、押入れをベッドに仕立てたり、母の鏡台の抽斗を整理するのが好きなちょっと変わった子だったから、目にする家、インテリアは刺激的だったのだ。

次々と引越しするなかで、家や室内のしつらいをすることは、夢が体現出来る楽しいことだった。また、周りの主婦が進んでボランティアに参加する社会性にも刺激を受けた。

アメリカの経験が帰国後、生きることになる。ひょんなことで招いたお客様の中に和光の方がいて、銀座のショウウィンドウのクリスマスデコレーションを飾る仕事が舞い込んできた。此のことがきっかけでクリスマスビジネスが展開することになった。1979年、未だ日本と海外の生活にギャップがあった頃だった。

その後女性誌で取り上げられるようになり、西洋と東洋をミックスした私流コーディネートは『ie』という1冊の本にもまとまった。

私のインテリアのポリシーは「整理整頓」。機能性だけでなく、美しさを考えながら進めるうちに自分の世界が出来上がる。今、思えば、骨董品の蒐集をしていた父、お茶やお花を嗜み、私たちの洋服やセーターを手作りしていた母──子ども心に2人を素晴らしいと感じていたことが、今の自分の感性に繋がるのかも知れない。

また、今までに引越し15回。5軒はアメリカで4軒は新築だった。私は楽しんでコーディネートしてきたが、一緒に楽しみ、そういう「キャンバス」を用意してくれた主人には心から感謝している。


※所属・職名等は当時のものです。

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