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【塾員クロスロード】
大津愛梨:地震で見せた「農家の底力」

2017/06/01

  • 大津 愛梨(おおつ えり)

    O2Farm 共同代表・平10環

東京育ちの私が、熊本で就農したのは14年前のこと。同じ学部(環境情報学部)だった意中の彼が、熊本出身の「農家の跡取り」だったのだ。卒業1年後にめでたく結婚。夫婦揃ってドイツの大学院に進学した時、彼の郷里では「もう戻ってはこないだろう」と悲嘆に暮れていたそうだ。

そんなことを知る由もない私たちは、留学生活を謳歌した。ドイツでは、「農家は食べ物だけでなく、農村の風景も再生可能なエネルギーもつくる存在」という社会認識ができており、農業のことなど全く知らなかった私にとって、それは明るい希望に見えた。帰国後、ほどなくして就農。その年の冬にはさっそくNPO法人九州バイオマスフォーラムを設立した。まずは農山村でこそポテンシャルが高い「自然エネルギー」について勉強会から始めた。その後、阿蘇らしい資源として、草(主に草原のススキ)を原料とした発電の実証実験にも共に取り組んだが、事業化には結び付けられなかった。

しかし、福島第一原発事故によって、事態が一変。自然エネルギーの重要性が誰の目にも明らかになったからだ。自宅の屋根上で太陽光発電をし、普段は売電しているものの、停電時には自家消費に切り替えた。昼間の内に電気を貯め、夜にも室内が明るかった我が家に、ご近所さんたちが自然と集まった。庭先には薪もあれば季節の野菜もあれば、備蓄のきく米もあり、「生き延びられる場所」の強さを痛感したものだ。一昨年に大学時代の親友らと共に設立した「里山エナジー株式会社」。農村の資源をうまく利用して、電気や熱を実際に供給するのが次の目標だ。

熊本地震発生の数年前には、女性農業者を中心とした全国ネットワークの代表に就任した。役員全員を40代以下の現役農家に入れ替え、名称も一部変更。再スタートを切った「NPO法人田舎のヒロインズ」は、農家や農村の魅力を国内外にアピールする活動を展開しつつある。例えば、稲刈り後の田んぼで開催したファッションショー。「風景を着る」と題したその企画では、農家が守ってきた田園風景の美しさと尊さを社会に投げかけた。そんな美しい農村風景を遺すためには、農家の存在が欠かせない。消費者の皆さんが安さを優先したがために日本の農家が立ち行かなくなったら……。農家がいなくなった時に本当に困るのは、たぶん農家自身ではないだろう。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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