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【福澤諭吉をめぐる人々】
今泉秀太郎

2022/10/07

「米国漫画士」として

明治23(1890)年2月、秀太郎は帰国。同年7月に福澤が山口広江(中津の銀行家)に宛てた書簡の中に、甲斐の事業が難しいと今泉から聞いた、との文言があるので、甲斐商店の経営悪化が一因かもしれない。この帰国により、いよいよ時事新報に入社することになる。

秀太郎晩年の随想集『一瓢雑話』(一瓢(いっぴょう)は秀太郎の雅号)には、入社直後の回想録がある。初めは会計事務に従事し、その傍ら、何か思いつきがあれば絵を描いていた。その後、1、2年は経験を積み、「漫画」の筋道がわかってきたので、「漫画専門」にしたという。

ここで注目したいのが、「漫画」という言葉である。葛飾北斎は文化11(1814)年から、花鳥風月や人物などを題材とした絵手本集「北斎漫画」を刊行した。「漫画」という語はすでにあったが、江戸時代の「漫画」は漫筆画、すなわち、思いつくままに描いた絵画を指す。

これに対して、秀太郎が用いる「漫画」は、諷刺画そのものを指す。前述のように、明治期の日本では、諷刺画を「鳥羽絵」と呼んだり、「ポンチ画」と呼んだりしていた。秀太郎はこうした中で、あえて「漫画」の語を使おうとした。

なぜ、「漫画」なのか。秀太郎の頭には、まず英語で諷刺画を意味する「カリカチュア」の語があり、その訳語として選んだようである。語の選択理由は、定かではない。ただ、わざわざ別の呼称を提唱する点に、従来と異なる新たな諷刺画を目指そうとする秀太郎の気概を感じる。

なお、「時事新報」は、挿絵・諷刺画の作者を明記していないものも多い。そうした中で、瓢箪マークが記された作品がある。このマークは『一瓢雑話』で見られる秀太郎のサインと同じなので、瓢箪マークがあれば秀太郎の作品ではないかと考えられる。

明治24年5月11日の「時事新報」に掲載された以下の作品は、そのうちの1つである。実際とは異なる部分があるものの、秀太郎の半生を映すような趣向で、主人公は7コマ目で開業し、「米国漫画士」と名乗っている。「漫画」を生業にしようとする秀太郎の決意が窺える作品といえよう。

ちなみに、作者未詳のものも含めて、「時事新報」には複数のコマで構成する諷刺画がたびたび登場する。我々は4コマ漫画に馴染みがあるが、1枚絵の諷刺画だけでなく、複数のコマを用いる手法こそ、秀太郎のこだわる「米国」式だったのかもしれない。また、「北京夢枕」の誇張された人物描写は、上掲の作品が代表するように、渡米後の作品では見られない。そうした絵のタッチの変化も、アメリカでの見聞の結果だろうか。

「日本書生の成立はそんなもの歟」(明治24 年5 月11 日、『時事新報』)

「漫画」のその後

秀太郎の画才は、福澤の期待に大いに応えたであろう。福澤と相談の上で制作された挿絵・諷刺画もあったかもしれない。ただ、現存する秀太郎の作品は少ない。明治37(1904)年、39歳の若さでの長逝であった。

断片的に残された秀太郎のエピソードを拾っていくと、人を楽しませようとする姿が浮かぶ。

例えば、明治23年10月、イギリス人スペンサーによる軽気球の興行があった。秀太郎はスペンサーと交渉し、上空から「時事新報」のビラを降らせてもらうことに成功する。人々を驚かせつつ宣伝もするという、抜け目ない広告演出である。この興行は話題となり、福澤が脚本のアイディアを出して、歌舞伎の演目にもなった(「風船乗評判高閣」)。スペンサーを演じたのは5代目尾上菊五郎で、劇中で披露された英語の口上は、福澤が考えた素案に、福澤と親交があった牧師マッコーレーが手直ししたもので、発音を秀太郎が教えたという。

また、明治27年、日清戦争で旅順口が陥落した際には、義塾でも祝賀会が行われた。この時、新しいことをしようと、秀太郎の発案でカンテラ行列が行われた。カンテラは、ブリキ缶に灯油を入れ、綿糸を芯として火をつける携帯用の灯火で、アメリカのトーチライトプロセッションに倣ったものだった。この行列は義塾特有の祝賀行事として昭和初年まで続き、その行進中の沿道はいつも見物客で賑わった。

何より、本業の「漫画」が人を楽しませるものであった。その精神は、後任の北沢楽天に受け継がれる。楽天は「漫画」ということばを引き継ぎ、「時事漫画」と題した紙面を「時事新報」日曜版の付録として発行し、優れた諷刺画を世に送り出した。「時事漫画」のヒットによって人々の間には「漫画」という言葉が浸透し、諷刺画は「漫画」と呼ばれるようになった。

明治から令和へ。秀太郎のこだわりは実を結び、やがて「漫画」は、諷刺画に限らず、我々がイメージするような、幅広いテーマのストーリーを絵と言葉で紡ぐ作品を含む語となり、現在に至る。世界に知られるMANGAの歴史に、秀太郎の名が刻まれている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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