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【時の話題:TPP発効】
TPPと日本の輸出

2019/02/18

  • 早川 和伸(はやかわ かずのぶ)

    アジア経済研究所開発研究センター主任研究員・塾員

2018年12月30日、11カ国間によるTPP協定(以下、CPTPPと呼ぶ)がついに発効した。TPP交渉は、日本国内で多くの議論と関心を呼び、「平成の開国」とまで言われた。これまでに15の経済連携協定(EPA)が発効しているが、これほど貿易協定に注目が集まったのは初めてであろう。ときに日本経済を破壊するとまで言われたCPTPPは、今後どのような影響を及ぼすのであろうか。

日本の関税分野における関心は、いわゆる「重要5品目」など農業分野に集中していたが、ここでは日本の輸出の大部分を占める製造業に焦点を当て、その輸出に与える影響を考えてみたい。結論から言うと、既存のEPAの存在により、CPTPPが日本の製造業の輸出に与える影響は、驚くほど小さいと予想される。激しい議論が行われたわりに、肩透かしを食らうかもしれない。

まず、一般に、輸出企業が関税率の選択をどのように行っているかを理解する必要がある。通常、国家間の貿易では、最恵国待遇(MFN)税率という関税率が利用されている。しかし、EPAパートナー国との貿易では、EPA協定内で定められた、MFN税率よりも低い関税率を利用する「権利」が与えられる。EPA税率を利用するために、輸出企業は原産地規則を満たし、原産地証明書を取得する必要があり、これらの過程が一定の作業負担となる。そのため、EPA税率を利用することで十分な利益が得られるときにのみ、EPA税率が選択されることになる。MFN税率に比べてEPA税率がそれほど低くない、もしくは輸出量が小さいといった理由から十分な利益が得られない企業の場合、EPAパートナー国への輸出においても、引き続きMFN税率が利用されるだろう。

さらに、利用可能なEPA税率は必ずしも1つではない点に注意が必要である。例えば、CPTPPのメンバー国のうち、日本と未だEPAを結んでいない国は、カナダとニュージーランドのみである。その他の国とは二国間もしくは地域間のEPAを結んでいるため、そうした国との貿易では、既にEPA税率が利用可能になっている。たとえMFN税率ではなく、EPA税率を選択するとしても、CPTPPが既存のEPAより低いEPA税率を提供していない場合、これまで通り既存のEPA税率が用いられるだろう。

とくに、先に発効したEPAほど、低いEPA税率を提供する傾向がある。EPAによる関税削減方式には、発効後直ちに撤廃が行われる方式と、数年をかけて徐々に削減・撤廃を行う方式がある。前者の場合、既存のEPAで既に関税率が撤廃されていることになり、後者の場合も、先に発効しているEPAの税率のほうが低い水準にあることになる。

また、EPA税率が同じ場合、先に発効しているEPAの税率が用いられる傾向がある。これは、先に述べた原産地規則や原産地証明書への対応に関連している。既存のEPAへの対応に慣れた企業は、税率が同じならば、わざわざ新しいEPAを利用しない。この傾向は、日本との間で二国間EPAと地域間EPAの両方を結んでいるASEAN諸国との貿易にも現れている。実際、日本への輸出に際して、ほとんど全ての国が二国間EPA税率を主に利用しているが、唯一、地域間EPAが二国間EPAよりも先に発効したベトナムにおいてのみ、地域間EPAがより利用されている。

したがって、カナダ、ニュージーランドとの貿易を除けば、CPTPPの税率を用いた貿易が行われるには、既存のEPA税率よりも低い税率をCPTPPが提供していることが重要となる。しかし、既存のEPAが発効してから多くの年月が経った現在、CPTPPがより低い税率を提供するケースは、メキシコにおける一部の自動車、ペルーやベトナムにおける一部の自動車や自動車部品など、稀である。こうした理由から、一部のケースを除き、CPTPP税率を用いた取引はほとんど行われないことが予想される。これは、CPTPPの内容が悪いのではなく、既存のEPAの効果であり、企業の合理的判断によるものである。

ただし、仮にCPTPPが既存のEPAと同程度の税率を提供していても、CPTPPが選択される可能性も残されている。輸出品が満たさなければならない原産地規則は、品目別、協定別に決められているが、場合によってはCPTPPによって定められた原産地規則のほうが満たしやすいケースもあろう。また、CPTPPでは原産地証明書を、第三者機関ではなく、自社で作成することが許される(自己証明制度)。大企業など、十分な社内体制が整っている場合、原産地証明にかかる負担を低減できるため、これによってCPTPPが選択される可能性がある。これらの影響がどの程度のものか、今後、CPTPPの利用状況を注視したい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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